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警察というところが本当に「縦割り社会のお役所体質」だと、今回痛感しました。。。

11/2の朝9時過ぎに弟の遺体を取り調べた亀有警察署に電話をしました。
弟は足立区綾瀬1丁目と2丁目の間に突き出た「葛飾区小菅4丁目」の路上で倒れました。
・・・小菅とは、あの「死刑囚・宮崎勤」や「元俳優・押尾学」、「ホリエモン」等が収容されていた
「東京拘置所」が所在する町名です。

「弟さんは現在、大塚の監察医務院に安置されています。遺体はまだ解剖されていないと思いますので、
解剖前にお引き取りされるか、解剖に立ち会われるかは監察医務院にて御問い合わせ下さい。
お引き取りされる際は、死体検案書と共に火葬許可書が必要となります。
現在担当の者は夜番でもう帰宅してしまっていますので、警察に出署しましたら書類を取り寄せます」

弟と9年ぶりの再会を果たしたのは、東京都文京区にある「大塚監察医務院」だったのですが、
自殺死体、殺害死体や、身元不明の変死体、そして病院に搬送される途中の救急車内で亡くなったり、
病院で手術後でも1時間を経過していない場合、遺体は病院預かりではなく、監察医務院送りとなります。

つまり病院で手術を行ってカルテを記述しない限り、「うちらは責任持ちませんよ、遺体は警察で引き取って下さい」
・・・と悪い言い方をすると、そうなるわけです。

監察医務院に送られると、遅くとも一両日以内に遺体解剖されます。死因を明らかにする為なのですが、
よくテレビの刑事ものドラマでしか見られず、私には一生無縁の出来事を体験する羽目になりました。

11/2の朝に警察に電話したのですが、遺体は既に10/31に済んでいました。。。
葬儀屋さんが昼過ぎに自宅近くにいらしたので、葬儀屋さんと相談の上、亀有警察署に電話しました。
亀有警察署に出向いてから大塚監察医務院に出向くのは時間がかかるので、直接書類を医務院に届けて下さい、と。

葬儀屋さんは手回しよく、既に棺を車内に用意していました。弟は身長183センチ、体重90キロを超える巨漢なのですが、
それでも十分に入る特大サイズを用意して下さいました。
そして大塚監察医務院に行ったのですが、監察医務院の受付の態度が非常に冷たく、
「書類がないとお引き取りできません」の一点張り。
亀有警察署に電話を何度も繰り返ししましたが、「担当が捕まらないので書類を届けられない」
「担当の人が書類をどこにおいているのか判らない」等、のらりくらりとした返答が返ってくるばかり。
すぐに遺体を引き取れると思っていた葬儀屋さんも困った表情で、「とりあえず棺を車内から出して準備だけしましょうか?」
とは言って下さいましたが。。。

そして準備した棺を見た瞬間、監察医務院の人間が、皆何故か蒼ざめて、
監察医務院の一番偉い人が「とにかく早くお引き取りする手配を進めて!書類が今なくてもFAXで構わないので
遺体検案書を取り寄せて下さい!」と叫び始めました。

・・・何故?

亀有警察署に電話したら「FAXの使い方が判らない」とまで言う始末。信じられん。。。
監察医務院の一番偉い人が亀有警察署の職員を一喝し、FAXが送られてきました(使い方知っているじゃん!)

実は、棺が今まで見たことのないビロード製の最高級のものだったそうで、それを見た監察医務院の職員が
「こんな棺、代議士の息子クラスでないと使われない。こんなところでグズグズしていたら、どうなるか
判らない」とでも誤解したらしく(私は代議士でも何でもございません)、そういう方向になったのです。

これは物凄い偶然なのですが、葬儀屋さんの所有する棺が当時、その最高級の代物しか残っていなく、
時間の猶予もなかったので、その棺を使用したのでした。

友人葬という言葉を初めて知ったのですが、火葬を格安で行う方法らしく、立ち会う人数を10名以下に抑え、
部屋を取らないで行う方法だそうで、これを行えるのは1日に1回のみ、という限定の方法なのだそうです。

もう秋でしたので、すぐに火葬を行わなくてもドライアイスで遺体がもつ、という事から
遺体引き取りを行って火葬は7日(日)に行うことになりました。

ただこの時、久しぶりに弟に再会しましたが、私には悲しみは一切なく、あるのは憎しみだけでした。
「借金ばかり繰り返し、色々な人に迷惑をかけて、その最期がこれか!誰がお前のために涙なんか流すか!」と。

とりあえず11/3に弟の遺留品と火葬許可書を受け取りに亀有警察署に行くことになったのですが、
この日が私にとって人生を一変させる日となったのです。
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元来、私の家は短命の家系で、今まで私の家族構成について一切触れませんでしたが、
実は父は44歳で脳卒中で亡くなり、母は59歳で直腸癌で亡くなっております。
兄弟は今回亡くなった弟が一人います。

そういう前提があって今回の話になるのですが、1日だったかと思いますが、この辺がドタバタしている中で
記憶が曖昧なのですが、弟が御世話になっていた創価学会の御夫婦に連絡が取れました。
その際、こういう話が出たのです。
「生前弟さんは、『自分には家族がいなく天涯孤独の身だ』と言っていたので、お通夜は足立区綾瀬で
既に創価学会の者で行いました。お坊さんを呼ばれると、題目(南無妙法蓮華経の事)を唱えた意味が
なくなりますので、火葬だけ行って頂けませんでしょうか?」

・・・その時は兄弟の私を差し置いて?という思いが強かったのですが、とりあえず黙って聞いていました。

私の家は浄土真宗本願寺派なので、念仏(南無阿弥陀仏)を唱える立場にあり、学会としては坊さんを
呼んでもらいたくないのは重々承知はしていました。

また生前の弟の話では「法華経で成仏させてくれ」と言っていたそうなので『友人葬』という方法で
火葬を執り行ってほしい、との事でした。

中学時代からの友人で葬儀屋に就職している彼も事情は咄嗟に呑み込み、
「確かにそうすべきだ」と言っていました。

そもそも不動産会社に勤めていたのに何故、葬儀屋に務めているのか?という素朴な疑問があったので
質問してみました。
前に勤務していた会社のビルが火災に遭い、しばらく同業他社に務めていたそうですがイマイチ良くなかった
そうで、彼の妹さんが社長を務めている葬儀会社に就職する事になったのだそうです。

そんなわけでいよいよ、監察医務院に載り込んで、弟の遺体を引き取りに行くわけですが、
これが紆余曲折あったのです。
(続く)
11/1・・・親戚へ電話をした後、弟が御世話になっていた御夫婦に連絡を入れようと何度も電話をしたのですが、
繋がりません。
さてどうしよう?と考えたところ、キーワードとして「創価学会」という言葉を思い出しました。
私の自宅の斜め向かいに、創価学会の婦人本部長がお住まいになり(私は意識しないで普通に近所付き合いを
しています)、
「この人の人脈で弟と面識のある御夫婦に連絡が取れるかも」と咄嗟に考え、事の次第を話しました。
「判りました。何とか連絡をつけてみましょう。」と先方が快諾をして下さり、とりあえず私は自宅で
待機することにしました。

それから5分後、突然電話が鳴り、何故か私の中学以来の友人で不動産会社に勤務しているはずの男から
電話がかかって来ました。
「今は葬儀社に務めているんだけど、お向かいさんから連絡が入って事情は呑み込んでいる。
 病院に向かう途中の救急車内で亡くなったということは、文京区の監察医務院で遺体解剖に回される筈だから、
明日、自分は別件の葬儀の準備に追われてしまうけど、会社の者を寄越すよ。その人と医務院に行った方が良い」

「な、何で貴方から連絡が入ったの?」と尋ねると、私がお話をお向かいの婦人本部長に話した後、
本人、茫然自失だったらしく、御主人が「○○君が葬儀社に務めているから、彼に連絡を早急に入れろ!」
と助言したのだそうです。
ちなみにその葬儀社に務めている彼も創価学会員で、婦人本部長さん御夫妻とは共通の友人だったのでした。
案の定、弟の遺体は文京区大塚の監察医務院に安置されていることが判りました。
こうして9年間連絡のつかなかった弟の対面の第一歩が始まったのであり、11/1がようやく終わりを迎えたのでした。
(続く)
ブログは個人の日記なので、プライベートの話題も当然知らせた方が良いのでしょうが、
公開されてしまう以上、どこまでプライベートに踏み込むべきか難しいものがあります。

ただ、今後の私の作風や人生観を左右される出来事があった為、それはそれで
カミングアウトした方が良いのでないか?
とも思ったりします。

私には2歳半(学年だと3学年)離れた弟がいます。
幼い頃は仲が良かったのですが、ある時期から犬猿の仲になりました。
弟は高校入学直後、学校でイジメにあい、僅か1週間で退学。それからは転げるように
逃げ回る人生を歩んできました。
地元では窃盗や恐喝を繰り返し、愛想良さそうに人と接したかと思えば、借金を踏み倒し、
地元を追われるように立ち去りました。
その度に私は謝罪しに回り、借金の肩代わりを100万円近く払いました。。。

弟が地元を去ると同時に、私は自宅のあらゆる鍵を作り替え、入って来れないようにし、
弟と絶縁したのです。
今から9年ほど前の事です。
それ以来、弟とは音信不通になり、「自分には弟などいない」と思うようになりました。

ところが去年の11月1日のことです。いつもより早く帰宅したのですが、自宅の電話に
留守電メッセージが数件登録されていました。

「勉(弟の名)を面倒みている者ですが、10月30日に急死したので連絡しました。折り返し連絡下さい」
と。
また余程のことが無い限り連絡してこない親戚からも数件留守電メッセージが入っていました。
「早急に連絡されたし」
とりあえず親戚に電話すると、「日中に何度も連絡したのに何故返事よこさない?」と怒られました。
「会社行っているから自宅の電話を日中に取れるわけないだろ?少しは頭働かせ!」
と怒鳴り返してやりましたが。。。

どうやら足立区綾瀬在住の創価学会の人の家に弟はお世話になっていて、
いつものようにそこで夕飯を御馳走になった後、
気分が優れなくなったので、自宅への帰宅途中、路上で倒れて救急車の中で
息を引き取ったのだそうです。
10月30日 23時35分。東京に台風が上陸していた日の事でした・・・
(続く)
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プロフィール

刻

Author:刻
平日はコンピュータ会社に勤務しつつ、休日になるとアクセサリー教室に通う、表の顔と裏の顔を持つ、東京都中野区在住の銀細工師の日記です。

2010年9月から通っていたアクセサリー教室の「ジュエリーCAD」コースが2012年8月にて無事卒業。9月より「ハワイアンジュエリー」を勉強する事になりました。

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